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コラム湯舟敏郎

41球の呪縛

げんをかついでいた事としては(マウンドに上がるときは)
ラインを越える足を決めていましたねぇ。負けたら逆にしてみたり、
右足で越えたときに勝ったら次もとか、点を取られたら左に変えたりしてましたね。
ブルペンでもゲン担ぎがあって、ある時期を境に41球を投げるようにしてましたね。
普段は20何球程度だったんですけど、調子が悪いときに、
肩の温まりが悪いというか、
気持ちの踏ん切りがつかないみたいなしっくりしない状態の時があって、
「もうちょっと投げたほうがいいよ」という話になって
「数を投げてからいこう」ということになったんです。
それで、一応そのときは倍の40球で終わろうと思ってたんですけど、
最後の1球が決まらなくて
「もう1球お願いします」と最後に1球投げて、結局41球で終わったんですよ。
実はそのときがノーヒットノーランを達成した試合だったんですよ。
それからは引退するまでずっとブルペンで41球投げてましたね。
変に縛られちゃった感じかもしれませんね。

湯舟敏郎氏が試合前のブルペンで最初に41球を投げたのは、
何を達成した試合の前?

  • ノーヒットノーラン
  • プロ入り初勝利
  • 初の無四球完封
  • 優勝のかかった一戦

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正解:1. ノーヒットノーラン

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日めくりタイガース

06/28(1916)
呉昌征 元選手生まれる
台湾出身。1944年タイガース入団。20試合で19盗塁を決めタイトルを獲得した。外野からのバックホームは常に惚れ惚れするようなストライクで、投手が不足していた1946年には、27試合に登板してチーム最多の14勝。6月16日のセネタース戦ではノーヒットノーランも達成した。1995年野球殿堂入り。

阪神タイガース検定事務局

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